花の溢れる幸福なダストボックス

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2017.07.05 Wed 白く炸裂する

沢山喋る人の声が届くのだ、かつて繊細であった人たちの集まりでさえも。
わたくしはどうか?
演出であれ存在を感じられなければ黙殺してしまうかもしれない。多く話すわけでも黙っているわけでもない半端なものを。
これが限界だ、今の。

好きな人の手を握れたらどんなに幸せだろう、と考えるには、その人の手は易くは触れられないところになければならない。
好きな人に抱きしめて貰ったらその瞬間に「死んでしまいそうだ」と思うだろうか、頭の中で白い光線がスパークするだろうか。

「私は死ぬまで生殖をしないという選択もあると思う。」と大学でできた友人が言う、中庭のベンチで。
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2017.02.18 Sat 透明な雨傘

わたくしのはんい、というものが確実にあって、
範囲を超えたところを生のまま触られると眩暈を起こす。
精神の半分が遠ざかって、半分で対処しながら、気絶に耐えている。
そこに体があったのかと。熱い金属が皮膚に当たるような、それも見えない皮膚に。
喩えるならば三本目の手をそれも火傷した掌を強く握るようなこと、
握られたからそこに現れたのか。
誰が背に腕を視よう 火傷するほど熱い体が
それを熱だと認識する物差しがわたくしを測る。
ことばはいつでも少し遅い。

風邪で熱を出すのは細菌を殺すためで、
筋繊維は傷んで肥大し、クリティークは作品を強くする。
わたくしという器は壊れて形を変える、
価値判断はない。

2017.01.18 Wed 情報を食べる牛

先輩や先生と同様に、
恋人という言葉もまた複数を指していたらどうだろうかとふいに思った。
自由になれるのだろうか、せめて言葉の上だけでも?

帯を解くことにほとんど何の意味作用も見出だせず、
分からないことがあまりに多過ぎる、
「(感情が)遠い」という批判への応答を未だ一音も発せられていない。

人が人と愛し合うことはあまりに簡単なのだから、拘らず放っておけばよいのだと 言え、
通わせ合うことが自然なら、自然に還りたいと訴えるなら。

2017.01.01 Sun 空を飛ぶ

新年。
「年」という枠組み 数分異なっただけで心持を変えられる単純さを
わたしは今でも持ち合わせています。

今年はどんな一年にしようかと、1時半頃入浴していて、天井を眺めて、トカゲの張り付いた窓に、
湯船に、肌に目をやって、ぼんやりと考えていました
「どこへも行かないこと。」
わたくしは去年あまりに多くのところへ出向きすぎた、
精神的に 離れすぎたように思う。
「拡がること。」12月に来年の目標をこのように口にしたけれど、
拡がるためには、私をこれ以上遠く離れてはいけない。

どこへも行かないこと、
それは待つことだろうか?(2013年のモットーは「待つこと」であったけれど、あれは安直だった。)
断固として否定しなくてはいけない。

無意識に沈められたものの重みは消えることがない。
感受の仕方に影響を与えていると気づく鋭敏さを忘れずに、

本年も宜しくお願いいたします。

2016.12.31 Sat 年の瀬

私が快活であれば、そして勤勉であればとNHKを観ていて思った。
「ピアニストという民族がいます。」
去年はバレエの特集を観た、このような時分にはクラシックの番組を観る。あるいは、観ない。
距離がなければ解釈はできない、

今年はどんな一年だっただろうか
日本語に取り組もうとして私は泥仕合を申し入れました。
氾濫する省略 「共有しているので、」と「わたくしは分かりましたけれど、・・・」しかし指示は与えられなかった
読み手
私を読む人と出会いました、なぜか? 私が書くようになったからです。
これまでは書かなかったのだろうか、イエスと返さざるを得ない、
書かなかったのだろうか? 答はまだない。

私が快活でそして勤勉であったら、そのように思った、
そうしたら私は芸術家になれただろう 時折そのような場面が現れると、

わたくしは言語に対してのみ勤勉であれたと言えるだろうか?
それだけは言いたい、快活な折に書いた文章(快活ということば、)
詩を見出されたとき私は、書き言葉の世界で芸術を咲かせられたように感じます。
2016年に初めて明確に掴んだことのひとつ。
 ‘Thou dost smile. I sing the while ’希望がなくては

理屈であるが、しかし、理屈ではない。