花の溢れる幸福なダストボックス

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2017.02.22 Wed 毒物

ものを感受するときの網の目が粗い人は往々にして無関心だが知恵者だろう。
私が愚鈍なのは全てを抱くことに拘っているためです。

「わたくしどもは圧倒的に語彙が足らない。」と、国文学の教授の研究室で
私を殴ろうと意図を汲もうと投げかけられた声を覚えている。
"juste la fin du monde"を一度目観て泣いたのは、私の語彙が少ないからであると 思って、
負け通しではいけないと二度目観に行けば今度はまた異なった色を映す。
「家族愛は信仰だと思うのですけど。」このように問えば、
「しかしその幻想を失うと(弱い)彼らには何にもない。」そのように返ってくる。
成る程、合理的ですっかり納得したけれども、多分三度目を観たらまた違うことを思うだろう。
あれを血縁愛とは幻想でしょうか、と問うた映画にはしたくなくて、
もう少し一般的に考えたい。<強い>かどうかは、作品の外に立てば明らかに影響を及ぼしているが、作品の内部にいれば問題の核心ではないように思われる。
しかし4,500円も落とす気にはならないので、三度目はない。

浴室を暗くしてシャワーを浴びているとき、「ずっと一緒にいてくれる人が欲しい」と気づいたが、
暫くすると、
それは<生きている人>でなくても良いと発見する。(生きている人を欲しがるのは圧力なのではないかしら。)

弱いから家族愛という幻想にしがみつくという考えは正しい、何も持たないから家族制度を拠り所に生きているのだ、ということを否定する気は微塵もなくて、ただ、わたくしはそのことに自覚的である必要がある。
つまり、弱き者が縋る家族愛、以外の家族愛、はあるのか?と次に問います。
あるいは、結婚。
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2016.05.20 Fri しりあい

こんなに咲いているのにと思えど。

煌めく生命がくすんでしまったと惜しむのは傲慢か、
一年の歳月を経て原石がそれも輝きを十分に予感させていた原石がと嘆くのはお門違いなのだろうか。本人が煩わしい何の価値もない、名誉、しかし一顧だにしないことに歯がゆさを覚える。
大学。

過去の話はよそう、随分なさま。
煌めく生命は初めから自由だった、不自由なのはいつだって私の方だった。だから眩しい。
他のひとはどう思うのだろう、
私の幸せを規定できるはずはないと十分確信しているけれど、
心からの善意(まるで私が抱いたような?)
通念を、まるで自分の成し遂げた偉業のように振りかざすのはやめてほしい。

幸せであれば私は何だって出来るから、こんな心配は無用なのですが。
他のひとはどう思うのだろう、かつて隠しきれない輝きを有していた生命の今の姿を見て心痛まないひとはいないだろうな。きっとまだまだ不自由なので。

2016.03.06 Sun 不満足な火星人

正しい空間で呼吸のしかたを覚える。
豊かな酸素!
ゴーグルもフィンもない、水中だとさえ知らなかったのだ。海には海のルールがある。
問題はみな自らの正義を信じていることだ、地球人には地球人のルール、火星人には火星人のルール。
子供には子供の論理。
同じように言語で、同じように文法に則り記述されるルールに従い生活していると、
いつの間にか汚れた空気、濁った水、不味い果物の氾濫する都会に行き着く。
ほっと一息どころか。

地球人と火星人のハーフでは、
まだどこへも行けない。

同じように戦い傷だらけになって男のひとに勝つなんて 白痴のすること。
何か私にできることがあるはずだ。私にしかできないことが。

2016.02.03 Wed 桜とあずきのアイス

丸みを帯びたフォルムを丁寧にゆびでなぞるような、
柔らかな布で包み込み、四角く硬い部分を少しずつ溶かしていくような行為をする。

お腹が空いているとかではなく、苦しんでいる人を救う一助となることを
社会と自分との繋がりかたに定め、
芸術を生活に近づけようと方針も立てた。

しかし、私の思う仕方で呼吸しているということが、
そのまま救いになるならば、凄い進歩である。
時間は無為には経られなかった。
通路には二方向あって、受け取る方と、届ける方。
なるべく自然な状態にまで還っていきたいから、
(無理して通路の両方を開かないこと、最後には、意識の上で個の区別がなくなること。)
他人を救うのは余波でしかないとはいえ、
こんな風にできるということは、少し嬉しい。

2015.11.03 Tue 綺麗なひとについて

きれいな人は地下鉄に乗るそうだ。

枠組みがあって中身を埋めるのだろう、
きれいな人とお話をして私は自分がどんなに歪んでいるのかを知った。
明るい、光は自らの内ではなく相手を照らしだすのだと
既に枠組みがあるので、砂糖をそれに合わせて少しずつ加減して、日々の糧を得たりうるおいを得たり、笑ったり、泣いたりするのだろう。私のようにただ 大量の砂糖が先ずあって、熱を加えどろどろに溶かしては形を変える、変えずにはいられないおかしな性癖を持たないので。私のように理想が先にあり、それに形を沿わせようなどとは毛頭思わないのだろう、形が先にあるということは。
きれいな人は主張をしない、
チャイナマーブルに圧力を加えたら欠け、砂糖はこぼれるだろう。でも丸く、つるんとして、
私はそういうものが好きなのだと思った。
四角くなったり、磨いたりしても結局、まったくの別物なのだった。
私は自らに凹凸を感じた、彼女は明るく、丸く、なめらか、
きっと息をしているだけで満足なのだろう。電車で少しだけ泣いた。