花の溢れる幸福なダストボックス

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2017.03.02 Thu

からだ。

女の子と接吻する夢をみた。
肩にかからないまっすぐの髪の、私より少し低い身長、痩せた体、恐らくは高校生くらいの。
気のつよい。
後ずさりをして、「私はきみのことが好きではないのだし。」明瞭に告げる(これは珍しいことだ、)だが、
「ちょっと待って、落ち着いて。」と言っている内に唇が触れ合う。
これは性欲なので。そのような心持ちが聞こえる。
それは何?

大きな建物。
小さい頃も夢でみたことのある学校じみた施設を歩いている。植物が多い。
宗教関係者を接待しなくてはいけない、それはブラウン管に住んでいる小太りの男。(我が家のあれは未だブラウン管なので。)
好きなCDを聴きたいと思う、学食の美味しいものはきっともう売り切れてしまった。
私の役目を負わない女の子、たちが駆けている。次の授業に遅れるから、レポートを出す必要があるから。
しかし接待すべき宗教関係の男に付いていればもっと美味しいものをご馳走になるかもしれない、授業に出る気にはあまりなれない。
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2016.06.05 Sun 早く

世の八割は子供なのだ、
私だけではない。ほとんどの人は子供なのだから、安心すれば良い。
ごく少数の大人の前でそれをうまく隠せるよう数枚のオブラートを用意していよう。

ヒッピーじゃないんだからこんなボサボサの髪では会えないと思うのと、こんなに頭が悪くては会えないと思うのに価値の差をつけるべきではないのだろうな。死んでしまう夢をみた。あと2時間ほどで死んでしまう、この頭痛とあの頭痛の間には三年のラグがあり、どうしてそれまでに病院にかからなかったんだと今さら手遅れだと、眠るように死んでいく、死に際を見送りに来た何人かの話し声が遠い。目の前の女の子が私をたきつける、起きて、車に乗って、逃げて、私は好きな人たちに連絡をとろうとして、かなわずに死んでしまった。目がさめた。頭が痛い。死んでしまうのですよと言われそうかもう終わりならば仕方がないと諦めた。諦めることの多い生き様。30分で諦めのつかない自分に出会う。諦めのつかない生き様。だから部屋を出た。車に乗ってタブレットを開いた。そして死んでしまった。まぁ構わないか、もう死んじゃうものな。ちょっとだけ悲しかった。悲しむ間もなく死んでしまった。

2016.04.25 Mon 大学のひと

三月の末ごろ
文学部の生徒の数名がぞろぞろと移動してゆく。新歓の催しがあるという。
丘の上の建物(文学部棟?)の内部は剣道場のようで、わりあい広く、
新入生は縦、横、到着した順に整列させられる。
男の先輩が一人ひとり探るような目で見て、頑張ってね、合格おめでとうと声をかける。
私の番になり、少し緊張しながらまっすぐ前を向いていると、彼は斜め上の方から眺め、
「きみは凡庸そうだから、あと 2,3 回の内に成果を出しなさい。」と冷たく言い捨て、さっさと次の生徒の方へ移る。
冷えて目が覚める。

日がなコンタクトで過ごしたからかメガネが少し重たい。
去年はほとんど一年かけて、周囲の人々を大切にする作法を考え、慎重に言葉を取り扱う訓練をした。
笑わないでおこうと意識して笑わなかった。
人間関係は言葉とふるまいの二重構造で、このひと月他人のなかへ入っていく修行を進めてみて、
歓迎されるほんのりとした旨味を覚える。
誰かの笑顔で幸せになれるほど鈍感ではないから、得たものと失ったものは半々。
記憶は言葉の集積で改ざんされるのでしょう。情を永遠に忘れないでとは過度な要求。
それでも言葉を大切にしてゆきたい。古典から始めようまだ何の能力もないから。

赤茶色の石鹸は卵を上から見たみたいだ。

2016.02.13 Sat 概念凝縮度の高い硬質な

思い出せないくらい随分前、
夢のなかの私は大学生で、とても気分が悪く、
恐らくはドラッグをしている退廃的なサークルに魅力を覚える。
入るより他の選択はしがたく、インターネット上で登録フォームを埋めていく。
氏名、電話番号、住所、その他幾つかの少し気の効いた質問に答えるが、
一番大きな、
「あなたが奥さんから一番最近聞いた言葉は何ですか。(女性の場合はあなたが言った言葉をお願いします。)」にどうしても答えられず、
無能力な人間は堕落さえできない
酷い日々を生きていた!と思って目覚める。

言葉にするのはそれが不自然なことだからだが、しかし、
強いて言葉にしなければ自然になれるわけではない。
腕や胸や首やふくらはぎや、身体中で渦巻く不可解なものを解き明かすことが一体必要なのか、どうか、私の世界に義務は存在しないけれど、
可能性を保持するために惰性で行うのは違うのだし、
増えてゆく定着し得ない様々を見逃すことの是非が分からないまま、
人から与えられた本を読む日々を過ごす。
幸せであることが問題なのだと思う。だから混乱する。
不幸という錯覚に裏切られることはないけれど、信頼や歓びが錯覚であったら切なくなるだろう。温かくあればあるほど。
それでも気づかないわけにはいかない、
だから多分、私は定着し難い様々を言葉によって生け捕りにしようと試み続け、
愛情と呼ばれる同一視を繰り返し、あるいは、
何かを好きになって世界を再構築し続けるのだろう。
しかしそれはもはや無意味な繰り返しではない、
なぜなら私という平野には何もなく(誇らしいとさえ思う)、そのために、
何も失わないのだから。
とりたてて自らを示すことでどういう結末になるのか分からないひとつの実験をしているが
失うとしたらそれは貞操というものだろう。精神的貞操。

空が明るいと嬉しい。

2015.11.21 Sat 言葉にしなくても生きられますように

余命を宣告される夢をみる。あと半年しか生きられないからと山と積まれた金塊を得る。
もういつ死ぬか分からないので、これからはきっと綺麗にしていようと思った。
逃げる夢はよくないけれど殺される夢は(現実と向き合っているから)よい夢だと、むかし何かで読んだことがある。


にこりともしない白髪の美しい老女を横に連れた、渋いおじいさんに、席を譲ってもらう。
私の幻想の「神戸」を体現したような、それがどんなに幻想であれ、言葉にしがたい様々の氾濫を喚起する生をみた。
美しいものはただ美しいだけで完全だから。

「世界のすべてがある」という訳の分からない誤解さえしなければ恋愛は幸福だろう。

不満足の慰めにではなく、平易な事実として、「一人でも戦っていける」と思った。
器の耐圧性が少しずつ強まっているのではないかな、感情の重みを一人で抱えられる。
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