花の溢れる幸福なダストボックス

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2015.09.14 Mon かおいろ

22:14就寝 06:12起床

「他人に救いを求めても相手を苦しませるだけですから、
自分自身で解決せねばならないのだ!」

と気づいて、目覚める。
頭を使ったので少し疲れた。そんな朝。
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2015.09.13 Sun お好みの作法で

熱い精神性に触れると、ぐんと生を感じる。

だいじなのは存在することだ、
一匹の動物として、人間という生物として、
肌を震わせて 在りたい。

道徳をよそおうことが道徳だとか、よそう。
本物と、私がしつらえた偽りとでは あまりに違い過ぎているので。

2015.09.09 Wed 「話せるようにして、私が。」

アッパーカット

私のなかから出なくちゃいけない。
浸っている文章は作者の水のなかで息をしたり潜ったりして、
確かに花は咲くだろう。水かさもいずれ増すだろう、(そうして世界を覆い尽くすつもりの)

停滞は水中で起こる。
想像力のない人間が現実に逃げ込むのだとしたら、
嘘は「嘘」でなくなるのではないか。
言葉に嘘も本当もなくなって、想像力が話者の心の奥を明らかにする。
情報伝達でも常用の言葉でもない、堕落していない言語においては
言葉は言葉でしかないのかもしれない。

凝縮と拡散を求めて。
真剣になって何がだめなんだ、真摯に生きていたいよ。

2015.09.05 Sat 陳腐と様々

比喩を冗長に述べた挙句並ぶ薄い中身を指して、陳腐という。

論理を追求した結果生ずるニュアンスこそが本物です。
偽物は好きではない。

後期の授業が始まり、これまで自習室でつけていた様々の記録がつけがたくなってきた。
頭のなかの整理があまりつかない。人に示すべきこととそうでないことの区別がつかない
そうしてブログは飽和するのだろう。

夜と朝の文章は粘度が違う。
何にせよ、朝はいつでも明るく、私を受け入れてくれる。

2015.09.02 Wed 思い染めよ

知っている筈のことを改めて「知る」こと
とでもいうのでしょうか、「気づく」というのでしょうか、
世界がひたひたと近づいてきて、肌で相手の息遣いを感じるような。

only は動詞の前後につきやすいと、それといえば、
だけ、という言葉は日本語では名詞につきやすいと知り、気づき、
わあ、言葉の世界の規則だ、と 嬉しい。
only の比較なんて意識に上ったこともなかった。

誰も彼も、特殊なことしか言葉にしないから、
あまりに当たり前の、ありのままの状態については、
容易く見逃してしまう。
そういったことを掬い上げて、丁寧に形を調べて、慈しんで言葉に変換するのが
とても好き。

いろいろな話をして、相手のことを知りたい。
それが百年後のことでも良いから、私のことを知ってほしい。
もし繋がるということがあるとすれば、真実を通してでしかありえない(と思う)。

私は決して、自らにラベルを貼らない。
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