花の溢れる幸福なダストボックス

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2015.11.24 Tue 江戸のくずし字

先生は言いたもうた。
中国土地法大綱を農民は信じていなかったが、
夢で良い、夢がみられるなら、それだけで生きていけるじゃないですか。

私はこの言葉を胸に灯しました。

承認を求めてさえいれば何をも見なくて済む。
敗北したいと喚いてバカみたいだ。
人から与えられた茫漠に形を与えて弄んでも
洞窟が明るくなったのは松明があるからではなく、
ただ目を閉じて、明るい空間を夢想しているだけで、
酷い。
楽園を探すのはやめよう、どこかにあるならもう築かなくて良いんだってさ。

覗き込んでは死ぬかもしれないと、
井戸に近づく知恵のない子供 いつまで経っても。
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2015.11.23 Mon 贅沢な不満

言葉を重ねれば重ねるほど、
明るくなった部屋の片隅の埃に気づき、丁寧に掃除して、それだけ。

感情は少なからず見苦しいが、
あるものをないと偽るのは吐き気を催すようだ。

相手を幸せにするために人と関わりたい、
言葉を重ねるだけでは手に入らないものが欲しい。

さまざまを生け捕りにするための言葉は、
より単純な作業を全てこなす魔法の粉。

2015.11.21 Sat 言葉にしなくても生きられますように

余命を宣告される夢をみる。あと半年しか生きられないからと山と積まれた金塊を得る。
もういつ死ぬか分からないので、これからはきっと綺麗にしていようと思った。
逃げる夢はよくないけれど殺される夢は(現実と向き合っているから)よい夢だと、むかし何かで読んだことがある。


にこりともしない白髪の美しい老女を横に連れた、渋いおじいさんに、席を譲ってもらう。
私の幻想の「神戸」を体現したような、それがどんなに幻想であれ、言葉にしがたい様々の氾濫を喚起する生をみた。
美しいものはただ美しいだけで完全だから。

「世界のすべてがある」という訳の分からない誤解さえしなければ恋愛は幸福だろう。

不満足の慰めにではなく、平易な事実として、「一人でも戦っていける」と思った。
器の耐圧性が少しずつ強まっているのではないかな、感情の重みを一人で抱えられる。

2015.11.14 Sat 小さな紫の花

人と関わるとき、
相手がどういう人物であるかを知ることにはあまり意味がない(と気づく)。
人を本だと思っていたのだろう。内容に漸近することをただただ目指して。
あなたは私を人間扱いしていない と言われる。
分類をしない、なるべくしないよう心がけていたのに、
結局は一人一人のフォルダを作って分類していただけだった。

その人がどのような人でも、その理解は結局存在にまでは至れない。
「本当」があるのは緻密な考察の内にではなく、関わりあう正にその時間のなかだけ。
「こういう人」だから好き、嫌い、の枠組みのなかにいては、
いつまで経っても「本当」には辿りつけない。
一方向の作用しかできない、けど、双方向の交わりを可能にしてみたい。

2015.11.03 Tue 綺麗なひとについて

きれいな人は地下鉄に乗るそうだ。

枠組みがあって中身を埋めるのだろう、
きれいな人とお話をして私は自分がどんなに歪んでいるのかを知った。
明るい、光は自らの内ではなく相手を照らしだすのだと
既に枠組みがあるので、砂糖をそれに合わせて少しずつ加減して、日々の糧を得たりうるおいを得たり、笑ったり、泣いたりするのだろう。私のようにただ 大量の砂糖が先ずあって、熱を加えどろどろに溶かしては形を変える、変えずにはいられないおかしな性癖を持たないので。私のように理想が先にあり、それに形を沿わせようなどとは毛頭思わないのだろう、形が先にあるということは。
きれいな人は主張をしない、
チャイナマーブルに圧力を加えたら欠け、砂糖はこぼれるだろう。でも丸く、つるんとして、
私はそういうものが好きなのだと思った。
四角くなったり、磨いたりしても結局、まったくの別物なのだった。
私は自らに凹凸を感じた、彼女は明るく、丸く、なめらか、
きっと息をしているだけで満足なのだろう。電車で少しだけ泣いた。
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