花の溢れる幸福なダストボックス

Home > 2016年03月

--.--.-- -- スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016.03.28 Mon 分相応

幸福は、ぎゅっと抱きしめていなくても消えない。
自然と湧きおこり漂い、霧散せず、
悲しみと同様にからだを照らす。

やはり定型が苦手で、
予備校で短歌、連歌、たくさん練習したものの、
自然と浮かぶ言葉が三十一文字とは なかなか。
見えたものをいっとう精密に言い描くという姿勢ではだめで、もう一段階
こころを開かなくてはならないのか。言葉にまで身構える。

私ならまだやれる、まだ、もっとできると、
真摯なアマチュアを見ては嫉妬で目が冴える。
自らのハッタリに追いついた師を「打倒せむ。」とハッタリを上乗せ、
弱いことに泣き寝入りはするまい。
スポンサーサイト

2016.03.26 Sat けなし言葉と対比

「恋」というものが知りたくなり、書店で恋愛系の書籍を数冊手に取る。
それというのも黒田夏子の『感受体のおどり』第四番の後ろ二行、
 わなだった.恋の.
初読の感激に溺れれば良いものを疑り深いばかな知性が「恋」という言葉に引っ掛かり、
あの黒田さんが「恋」とかいうチープで薄汚れた単語をなぜこう易易と書いたのだろう、あの完璧な麗人が?

薄汚れていたのはおのが脳みそであって、事態は単純、
その現象を表す最も適切な言葉が恋、それだけの話なのであった。
二束三文のポエムに下手な絵をつけて中学生を騙す手垢のついた作文を連想してしまうのは周囲のカルチャーのせいか平成という時代のせいか。時代背景を考慮せずに作品を語ることなどできないとご満悦な若者に返す言葉がないのは相も変わらず無知なせいで、塵ほどの重さしかないゴチャゴチャした読みかじり聞きかじりが今度は読解に支障をきたす。

恋というものの発生から終結までを余すことなく、
好きという感情の全てを描き尽くさなければならない。恋愛などという
まっとうな大人の毛嫌いする事柄を扱う気概があるのならば。社会通念に守られた一般化おばけの大人を倒そう。
駅構内の手狭な混雑した仮住まいに過ぎぬ書店で目につくのは、目につかせようゴミでも売れれば経済 そんな意図の結果に過ぎず、「恋」というものは一体何なのか、ひとつひとつの事例の断片をちらつかせては「これ」だと。
それが作家か。そういった文芸で暇を潰す読者よ、それが表現の自由か。

眠る前に一頁、一頁惜しみながらめくる。安っぽいコミックと小説を比べるのはあらゆる文芸が平等だからで、カルチャーにハイもローもメインもサブもないと信じる。言葉をばかにするな!
白いレースの栞がよく似合う。区切るのはまだ初めも初め、いつまでもは読めない、
小皿に飾られた金平糖のように 一口含んではゆっくりと味わう。
せめてこの甘さになれるまでは。

2016.03.18 Fri 太陽の熱と光

(少なくとも大人の目からは)意味不明の記号をしつこく重ねる不可解な動物が
大人を喜ばせるためのペテンと化すことを恐れながら 書く。
文章を書くとは限られた人間だけに与えられる武器であるという、
見かけたら一息に奪い取ってしまおう。
わが身を捧ぐ、
溶けてべたべたになる甘い夢はおわり、執行猶予はおわり、
一枚の無力な葉になる。ちぎれても 葉脈は残るだろうか。

「鮮烈な光で、静かな爆発で、きちんと生きもの」
肌に合わない文明を捨てたら、
一回りもふたまわりも縮んで、小さな子どもになった。
引力によって、生活を自らの下に統合すればよいのだ。
子どもの息のしかたは穏やか。

2016.03.08 Tue 子ども

指からすり抜けていく と。
知識ばかりを詰め込んでは実態が露と化してしまいそうだが、単なる浅はか、
生き急いでいるだけか。焦りのあまり本来私のものであったその取り分を返せと
目の前のコロンブスの卵を飲み込んではもどす。

連ねられた知識を称える文化、
色の名も花の名も知らず、連綿と続く古典はからきし。
肯定的な思いしか存在しない世界で、言葉を奪われた泥臭いあれを透かして、
輝かしいものと地続きの部分にだけ言葉を与え芸術の真似事。
何もかも忘れてしまえるから、
薄まっていく後暗い感情は描いたり弾いたりすると完成するのだろう、しかし、
傲慢な権威主義者を追放せよ。

2016.03.06 Sun 不満足な火星人

正しい空間で呼吸のしかたを覚える。
豊かな酸素!
ゴーグルもフィンもない、水中だとさえ知らなかったのだ。海には海のルールがある。
問題はみな自らの正義を信じていることだ、地球人には地球人のルール、火星人には火星人のルール。
子供には子供の論理。
同じように言語で、同じように文法に則り記述されるルールに従い生活していると、
いつの間にか汚れた空気、濁った水、不味い果物の氾濫する都会に行き着く。
ほっと一息どころか。

地球人と火星人のハーフでは、
まだどこへも行けない。

同じように戦い傷だらけになって男のひとに勝つなんて 白痴のすること。
何か私にできることがあるはずだ。私にしかできないことが。

2016.03.05 Sat THREE

梅雨、混乱と共に始まる古典的なアイデンティティの模索。
目隠しを解いてもなお閉じていた目を開くことには成功したものの、
あまりの眩しさ(あるいは暗さ、)に目を伏せ、気づき、また目を向けた。
原因を自らの内部に求めると循環する。
迷路に気づいては空を飛んで、循環し、壁を打ち砕く。
方位磁石なんてないから、
求める完璧な姿へと孵化できるように、自分の時間を使った。

これまで汚れたものを遠ざけて生きてこられた、
目を開いたからには社会と繋がらずにはいられないだろう、それでも
なるべくなら明るく、清潔で、風通しのよいところにいたい。
楽園なんてないから、私が作ろうとしているだけなんだ。自分の時間を使って。
眩しくても目を開いているからです。
人間は初めから「全て」への種を持っているのだと信じてやまない。

心とは何か。
人間は、環境と対話するなかで心を構築していくと聞き、
「先生、この場合の心とはどういったものですか。」
「恐らくはね、言葉です。」
言葉が私を研ぎ澄ます、主客は逆転しない。
言葉によって形成されたわたくしの織る言語表現は、所詮ひとつのあらわれ。

言葉は人間が作ったものだから、神の下まではきっと届かない。
捉えられないあまりに衝撃的な一切を喚起する「言葉」を用いてならば、
きっと それが手形となって、世界を震わせられるだろう。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。