花の溢れる幸福なダストボックス

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2016.09.17 Sat ハウスダストとダニのアレルギー

極端な方へ向かおうとする欲望とその真逆へ引っ張って中和しようとする理性が働いてわたくしの精神がバラバラになってしまいそうになります。
例えば年齢なんて数字でしかないと宣言してまたひとつ幻想を打ち砕いてまた少し依る辺なくなって、それでも、一緒に宙をふよふよと漂ってくれるだろうか、人々は。
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2016.09.08 Thu フェルメールを燃やせ

味わい易く加工されたものを好む貴族趣味。

わが液体が有機生命体である他者へ投げ掛けられても、
プラスチックケースに仕舞われ整理された戸棚のなかへ。虚しい。
望むのは交換でなく交流であるのに

あなたはもう手遅れです。

2016.09.03 Sat 与えること

ask.fm

きっと何を話しても良かった。
《話をする》とは、つまり、自らを賭けるということです。
言葉を重ねて糸を繰り返し巻き付けて知り合う、指先が交わる。
上記の ask.fm に自らの臆病を見ました。
愛情の自己生成。そして躊躇わずに与えること。
理想的でなくとも受け入れなければ生は選べない。

2016.09.01 Thu よく喋る子供と大人

所詮は好かれたいだけの脆弱な人間たち。愚かな、

人が加齢と共に言語活動に消極的になってしまうのはなぜ?
何も考えなくなるからか、
仰々しく傷口を示して(不安!)正当化するのは止して。生意気な、
自分の足跡の稚拙さを演出してはご満悦。

初めてお酒に酔って、相手の目の前で、
ウツ、興味深く思うこと、恋愛の話を、
普段なら口にしないような格好悪いことを述べたてた。

拒絶でなく、交流でもない無言を並べる日々。
去年、今すぐ意味のあるものになると思い決めて為したのは他人からそう思われることと一致するような何かで、
今年に辛くも蒸発したのは他人に対する渇望でしょうか。渇仰はあれど
賛美も批判もしないでやり過ごし、
許しを乞うていたのか 騙していることへの。
書くことと読むことは同程度に重要であるべきだと思えど、
「読んだ」ことが、それとも読んでもらったことが少ないからか、
書かないでいられるなら書かない方が良いのではないか どうして。

同程度でなければいけない、
ひどくたくさんの読みものを受け取り零しながら黙って、見つめて、
困惑と共に怠惰も不安も呪った。
それ以外の答えに辿り着けないままで。(信頼と言えたなら。)
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