花の溢れる幸福なダストボックス

2017.08.07 Mon 紅茶、紅茶、アーモンド

このところ、水とヨーグルト、アーモンドと野菜、果物に、少しの豆腐や肉・魚といった生活をしている。
好きだと思う人に振り向いてもらえないならわたしの身体が綺麗になったことに何か意味はあるのだろうか?
愛されなくても構わないような気持ちに捕らわれながら母親と雑談を交わしていると ふいに
大切にされることの意義を説かれる。

愛されなくても良い筈はなかったが、愛してほしいとは言えない。
とても沢山食べる、水羊羹、クリーム入りのメロンパン、チョコレートでコーティングされたアイスクリーム、お菓子、鯖の塩焼き、ナッツ、餃子、
何を思い悩むことがあろうか?
考えた結果解決されたことなどかつて一度たりともあったか。

2017.08.02 Wed <<

植物というよりはサカナ、

愛を餌に長生きする愚かな魚、ニンジンと馬みたいに。
男のために生活のなかで一喜一憂するだなんて最低、
真善美の追求、
でも本質が実現されているのが芸術なのだとしたら、
芸術は恋愛によって遂行されても構わない?帰結。

空洞にさえならなければ、私の生活は完璧だった。偽物の。

2017.08.01 Tue sweat

からだが重く熱くなって、身動きがとれないのです。
ヨーグルトを毎朝食べる、ブルーベリーとアーモンドを数粒ずつ入れて、それからお水と、紅茶を入れるときもある。

ごめんなさいと言って、逃亡する。
大きくて強い磁力を持った人に引っ張られているみたいで
わたしの力ではどうすることもできない(秩序がなくなってしまった。)

2017.07.11 Tue 体重計

あんなに綺麗だったやまももの実が落ちて、踏まれて、色あせて、種ばかりになる。
落ちさえしなければ完全だった彼女たちの生が踏みつけにされる、
枯れた薄茶色になることも含めて完璧な生が全うされる。

休講になった授業の時間に中庭で資料を広げ、知人に顔色を伺われる。
木机に落ちる影を見ていると水のなかにいるみたいで、振り返ると空は青い。
こんな気候でわたくしは、一人でいるのだと、
体をつつむ曲線がなだらかになったからといって何になるんだろうか。

それでも、節制、節制、と口ずさむのです。

2017.07.10 Mon 「血を見ることになるかもしれない」

生育途上の植物のようでありたい。
さんさんとした日光を浴びて、水をたっぷり吸い込んで、
常に生成変化に捉えられているような。

去年外国語を教わっていた先生に駅で遭遇し、大学まで。
こんな風に横にいるのは二度目だと思い返す、あの頃よりはだいぶマシになっていることは分かる。
されどいけない。私はまだ欲しいものを手に入れるには未熟だ。
鬱屈の度合いだけ増して、
「早くおばあさんになりたいんです。」
仏文の人はさすが感度がよく、高すぎて、優しい。
「もっと尖らせてみたら?」いっそのこと、逆に、そのまま、「血を見ることになるかもしれないけれど」と小声で。
小声で行われるべき会話だ。欲望と狂気の話は。

わたくしより美しい女性が多くいて、頭がよく教養深い女性も、愛らしくねだるすべを心得た甘やかな女性も、
では、わたしは?
年若いことは許しになるだろうか、許しにはなれど、何にもならない。