花の溢れる幸福なダストボックス

2018.01.08 Mon une fois mais pas deux

刺すような強い光に貫かれてさいこうだと感じた、
私には眩しすぎて触れてはいけないように思うと囁かれたとき、
それでよかった、そこで踏みとどまるべきだった、充分に正解だった

指先を泥に浸してそのまま全身 侵せるとでも思った?
「貴女は汚れたことができないよ」と、こちらを振り向きもしないで友人がいつか教えた。
泥の奥にあるのは真善美の追求、

全て元の通りに誂えましょう。
壊れた物は再構築し、より素晴らしく息づく
わたくしは自分の巣に帰り朝には唄をうたう。「貴女はきれいな所で大切にされて育った、」

本当の事を話してほしい、
生活動を演劇と見るのは退屈で古臭い。

2017.12.09 Sat カテリーナではないって、言わなくても

私より魅力的だと思っている女性がいる、
それは抽象的なアイコン、知らない人、
どんなに愛されてもきっと私より彼女のほうが良いと泣いてしまいそうになるのだった、
欠如を煽り立てて。

幸せになれるだろうか?まだ。

2017.11.06 Mon peluche

部屋の電灯を替えた。
仮に私が何か間違っているとして、それはとても簡単な、電球を付け替えるように修正可能な過ちなのかもしれず、それでも構わない筈だ。

共通の話題がなく、気も遣い、ややもすれば疲弊するような女の子と時々食事に行き同じ時間を過ごす。
それでも好きだと思う、好きでいてくれることを願っている。私は女性への好意に確信を持っている。
では異性は?これまでは違っていた、これからはまた変わるかもしれない。

愛することと大切にすることは別なのかもしれない、
ことばは豊かなのだから、ひとつひとつに輝きを加えてオモチャ箱のような世界を構築しても良い。

もし私が何か間違えているのだとしたら、それを教えてくれる人が傍にいて欲しい。
他の tumblr-er の例に漏れず、わたくしも自分のタンブラーを一番素晴らしいと思っていて、
そんな風に暮らしても良いはずだ、希望をポケットに入れて生きていくことができるかもしれないと、
近頃、そのように思っています。

偽りを繰り返さない。

2017.11.04 Sat 「ふたりは一対の呼吸」

わたしが Orlando Gibbons に出会ったのは People In The Box の「月」 と NICO の 'Afraid' の冒頭に
'Allmande’への参照が見られるのではないかと、そのような言明を受けた とき

体育館で運動する、
知らなかった道を歩む。誰にも見られない花、見つからない紅色の小花と緑色の繁茂。
コスモス畑のなかを踏みいる恋人たちをみた、
細い道に暗い色の車を止めて、白とピンクと黄緑を押し開いてゆく。

元恋人との呼吸は一対ではなかった、
わたくしは幼かったが、熟れる熟れ過ぎる余裕はなかった。
いつか必ず失敗するのに手を伸ばす、
どこにでも不安があり、簡単に安心できる。

夜にみる夢で、堪えきれずにお金を払う前に商品を口にしている。
沢山のアイスクリームとチョコレートとマシュマロと、駄菓子の列の前で、
誰にも咎められない。
目覚めて満足していて、ずっと食欲がない。わたくしの食事はつくづく頭のなかの出来事だと思う。
とても、知覚するのが好きで、
からだと頭の側と、言葉の側があるように思えるのでした。

不在の神を信じているみたいに、あの宗教(ほとんど知らない、)に浸されている思想家たちのように?仄明るいのは希望に貫かれている、から。

2017.10.30 Mon 健全と無垢

『トニオ・クレエゲル』を読み通せなかった、
栞が手元にないまま、半分ほど読んで、栞を挟まないで止すことにする。
精神的にはハンスに近く、不思議に明るい。

衣服で冬支度、発掘して衣紋掛けに吊す。
台風が通り過ぎて空があおい。投げ出した脚に傾きかけた陽が差す。
単語の覚え方を忘れてしまって、偏執的に仏英辞典を引く。近頃よく部屋の灯りが消える。

ほとんど何も知らない娘、
わたくしに与えられるものは何かと考えて結論は出たのだが、口にするのは恥かしい。
アルバムを作ったことがない。
とても苦手な分野が幾つかあって、そのひとつが過去の編纂。
ふかふかの毛布みたいな存在です。